二十年も前、三十四歳のときのことです。一念発起して登山を始めることを思い立ちました。
きっかけは雑誌で見た涸沢の写真でした。穂高連峰のふもと、色とりどりのテントが並ぶ光景に心を奪われたのです。
行き先として選んだのは奥穂高岳でした。いきなりの三千メートル峰、しかもソロテントという無謀な計画と言えるものでした。
まず道具を揃えるところから始め、どうにかこうにか涸沢の地に立つことができました。テントの中で体を横たえ、人心地ついたのも束の間、夜になると暴風が吹き荒れました。興奮と不安でまんじりともできないまま翌朝を迎えました。当時のことは今でも鮮明に覚えています。
自分にとっての登山は必ずしも山頂を踏むことではありません。むしろ山頂は二の次。山にいる間は山にいること自体が心地良く、いとおしくもあるのです。たとえ暴風にあおられるテントの中だとしても。
(2018年7月)